社会人経験があるからこそ活かされる学びの場
総合病院で看護師の仕事をしている中で、患者さんと家族の意思決定の援助に悩むことがありました。意思決定の際の倫理的な問題に対して、考える方法や正しい答えとは何かを導き出せず、医療者が提供するケアの技術だけでは限界を感じていました。本研究科の理念である現場の課題に対して分野を越えて取り組むことは、私の感じていた限界へのアプローチに適していると思います。
また、医療的な意思決定には人が存在することやその最終到達点である死について考えることが大きな要因になると感じ、看護学の枠を越えて、そもそも人が意思決定をするとはどういうことなのかについて学びたいと思うようになりました。人の死や存在そのものについて哲学的に学ぶために、まずは通信教育の哲学科に入学しました。それと並行して地域でデスカフェを主催し、「元気なときから死について考える」場を設ける活動をしました。この期間に「臨床死生学」という分野があること、医療倫理について専門的に研究している分野があることを初めて知りました。私の課題に対して倫理的なアプローチを専門的に学ぶことができるため、本研究科に入学しました。臨床死生学の分野は日本でも数少なく、限られた地域にしかなかったため、中国地方で創設されたことが本当にうれしかったです。特に、日本の臨床死生学のトップランナーである先生の直系の先生に学べることはとても貴重なことだと思います。
全く異なる分野での学び直しには不安もありました。分野特有の専門用語を理解することや、英語の文献購読をすることは難しく、困難に思うこともありました。しかしヒューマン部門の先生方はいつも丁寧に説明してくださいますし、自分の意見をどのように表現してよいのか分からず発言が曖昧になっても、指導教官をはじめ、ヒューマン部門の先生方は意図を汲んでくださり、会話の中で自分自身の考えを整理し、発言することができるようにしてくださいます。自分の考えを整理してもらうことで学びが生まれることに、授業の醍醐味があります。
自分の研究分野の学習だけでなく、本研究科の特色を活かした学習をすることもできました。特に興味深い授業だったのは、経済学の先生から学ぶ「医療経済学」や、NBAを取得した医師から学ぶ「医療管理論」です。これまで医療行動を経済の観点で専門的に考えることはありませんでしたので、まさに他分野を学ぶことで視野が広がったと思います。また、工学系の先生や学生と交流する機会もあるため、研究について意見交換できます。全く異なった視点での指摘をいただき、大きな励みになりました。
現在の研究テーマについて
私は自律的な意思決定とは何かについて研究しています。私が感じた意思決定の際の悩みは、「患者の選択を尊重するためには、その選択が医療者の考えと違っていても尊重すべきか?」、反対に、「病状説明のときに医療者は、患者の多様性を許容しつつも説明の仕方によって患者の意思決定を誘導しているのではないか、それは患者の自律した意思決定といえるのか」というものです。この悩みに対して、relational autonomyの論者であるM.フリードマンの自律の概念を分析し、意思決定の際のケアを提案したいと思っています。研究をすすめる中で、私は看護師として、「こうあるべき」選択を患者や家族に投影していたことに気づきました。この気づきを活かして、自律的な意思決定に規範は必要かどうかを、N.ストルジャーの自律の概念を用いてM.フリードマンの概念と比較検討したいと思っています。
これから入学を考えている方々へのメッセージ
社会人になってから他分野に所属することは大きな学びがありました。臨床では問題解決重視に偏る傾向があります。しかし、本研究科で様々な考え方の方法を学ぶことで、自分自身の意識が変化しました。多角的に考えられるようになったことは、今後の実務で必ず役にたつという確信があります。
また、私は長期履修制度を利用して在籍中に出産、育児をしています。先生の温かいご支援、家族の協力があってこそ研究を続けることができています。特に指導教官は私の事情を理解し、いつも気遣ってくださいます。指導教官の存在がなければ、研究を続けることができなかったと思います。ですから、キャリアの中断が難しい環境にいらっしゃる人でも、育休を利用しての在籍は可能だと思います。特に女性にとって出産は年齢制限を考えてしまうかもしれませんが、スキルアップと育児をすることの両方にチャレンジすることを積極的に考えてもらいたいです。